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"癒しの場所"としての精神科病院に

正面エントランス 1973年のことです。私はアメリカのカンザス州にあるC.F.メニンガー・メモリアル病院に留学をしました。米国の先端的な精神科治療を初めて見たときの感動は今でも忘れられません。

その頃、まだ日本の精神科治療は開かれたものではありませんでした。患者さんは、残念ながら普通の人とは違う目で見られ、隔離されたり、行動の多くに規制を受けることがほとんどでした。しかし、メニンガー・メモリアル病院の患者さんたちは、職員と同じ食堂で食事をし、広々とした庭を自由に散歩し、ときには町へ買い物にもでかける。そんな中で、心暖まる治療がされていました。

帰国した私は、米国のような開放された病院を作りたいと願い、さっそくメニンガー・メモリアル病院の良いところを取り入れ、開放病棟を増やしました。そして月日が経ち、日本の精神科病院は、今、その多くが開放された病院となりました。

しかし、時代の流れは、新たな問題を生み出しました。精神科の病気は社会環境に大きく影響を受け、誰にでも起こりうる心の病が急増しています。一番の原因は、スピードと結果だけが求められる現代の競争社会にあると思います。孤独に陥り、追い詰められ、自殺や犯罪が後を絶ちません。優しい心の育たない社会は、老人や障害者、そしてその家族などの弱い存在をも追い詰めていくことでしょう。

現代社会で必要なのは、人々の孤独な心を受け止める場所ではないでしょうか。多くの人の"癒しの場所"として、精神科病院はさらに変わって行かなくてはなりません。

理想を抱いて帰国したときのように、より良い医療を目指して、私もまた走り続けたいと思っております。

尊敬するロイ・メニンガー博士の言葉

『患者であることはとてもつらいことだ。外の世界では許される安易な逃避や拒否を捨て、ありのままに、ときには痛いほどに自己という現実と対峙する必要があるからだ。
しかし、この痛みには、自己認識という大きな代償がある。
そして、自己と向き合うときに必要とされる能力やエネルギーや創造性は、こういうことがなければ永遠に引き出されなかったかもしれないあなたの中の新しい力なのだ。
だから、精神科の患者であるということはむしろ幸運で、決してハンディキャップにはならないと、わたしはよく思う。』

一般社団法人 水口病院
理事長 青木建亮

理事長 青木建亮 略歴

1964年三重県立大学医学部卒業。
1969年同大学大学院修了、医学部助手を務めた後、1970年桑名市山本病院分院副院長、1973年米国カンザス州メニンガー・メモリアル病院に留学。
1975年水口病院副院長、1978年院長となり、2012年3月に院長退任。他に滋賀県国民健康保険診察報酬審査会委員、指定介護老人福祉施設「兆生園」理事長、学校法人聖泉学園理事。